明治神宮野球場の歩み

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昭和58年(1983) 8月10日 マウンド・ブルペンを黒土からアンツーカーに取替え

昭和60年(1985) 3月18日 照明塔設備改良第1期工事
 
照明塔設備改良第1期工事 内野4基の照明塔建替えと全6基の照明器具取替え(高さ40m)。新しい照明塔はテーパーポール2本柱。グラウンド寄りに10mのはね出し方式を採用し、照明効率を良くしました

昭和61年(1986) 3月15日 照明塔設備改良第2期工事、外野2基の照明塔建替え
  照度はバッテリー間3,900ルクス、内野3,000ルクス、外野2,300ルクス

  8月20日 井上陽水・安全地帯コンサート
  "スターダスト・ランデブー"(21日)
井上陽水・安全地帯コンサート こうしたコンサートを神宮球場で行うのは初めてのことでした。当時、安全地帯はトップアーチストの地位にありましたが、かつては井上陽水のバックバンドを2年間つとめたことがあり、約30,000人のファンは総立ちで「師弟競演」を堪能しました
井上陽水・安全地帯ジョイントコンサート

  8月30日 大沢誉志幸コンサート

  8月31日 中村あゆみコンサート

  12月20日 コンサート ハリケーンアイリーン JAPAN AID 1st

昭和62年(1987) 3月 外野身障者席・トイレ新設

  11月29日 ジャパン・スーパークロス(平成7年まで実施)
オートバイが宙を舞う! 昨年、後楽園球場で4年ぶりに復活して人気を呼んだ
2輪のスタジアムモトクロスが神宮球場に舞台を移して
開催されました
アーケードはピットに早変わり! / 大型トラック500台分の土砂を運び込み1周約760mの特設コースを作り上げました。コースは、スネイクと呼ばれる複雑なデコボコ・高さ1.5mから2.4mもの大きなコブが次々に現れる・連続ジャンプなど多種多彩!

昭和63年(1988) 2月29日 人工芝張替え工事
  野球規則の一部改正(ピッチャーマウンドの高さ変更)に
対応して内野の基礎全面を改修し、敷設後6年経過した
人工芝の全面張替えを行いました
改良された新しい人工芝は、毛先がカールして芝目がな
いため、打球の変化が少なく、球速もやや速くなるという
特徴を有しました
この工事では、エンタイトルツーベースを少なくするため、
外野フェンスより2.5m内側に入った部分から幅7mの地盤
について、反発力を弱める改修工事をしました

平成元年(1989) 3月 スピードガン設置

ファウルポールの塗色を黄色から白色に変更

  8月7日 シャープワールドサッカー89
日本代表 0 - 1 マンチェスターユナイテッド

シャープワールドサッカー89
神宮球場でサッカーの試合が開催されたのは今回が初めてのこと(観衆48,000人)
両チームの選手とも慣れない人工芝グラウンドに、
やや戸惑っていましたが、技術・体力で勝るマンチェスターが前半38分にゴール
そのまま逃げ切りました
スライディングした際、人工芝の摩擦で火傷しないよう、試合前には、たっぷりと水が撒かれました

平成2年(1990) 1月7日 カレッジ東ソーボウル

3月 外野席椅子改修工事、外野指定席新設(収容50,000人)
 
外野指定席の新設
【外野指定席の新設】
5人掛けのベンチ式から単座式に。材質は劣化や褪色に強く、硬球が当っても割れない高密度ポリエチレン。中段通路より下の3,400席には背もたれを取り付け、自動折りたたみ式にして席番号を刻んで指定席としました

平成3年(1991) 3月 第2内野席改修(収容48,000人)
サブスコアボード改良 観戦しやすくなった第2内野席
【観戦しやすくなった第2内野席】
観戦しやすいよう傾斜角度を改め、椅子は高密度ポリエチレン製の単座式椅子に取り替えました
サブスコアボード改良 バッターボックスに入る選手名・打率・ホームランを表示

  4月1日 ファウルポールの塗色を白色から黄色に変更

  5月24日 外野チケットボックス新設



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